ふくおか経済9月号に掲載されました!

柔軟な発想とホスピタリティで

人口減少社会をサポート


調理や配膳を単なる作業にしてはいけない

医療機関・福祉施設向けの給食受託業界は、少子高齢化の影響で慢性的な人材不足に悩まされている。
そんななか、設立わずか3年目のスリーマウスは、豊富な経験と確かなスキルを持つスタッフ提供することで、堅調に業績を伸ばしている。
「旬の食材で季節感を出しつつ盛り付けにも工夫し、患者様や利用者様に日々の食事を楽しんでもらうことが私たちの使命です。しかし給食受託業界には、意外にこの当たり前のホスピタリティが欠けていたんですよ」。
そう話すのは、代表取締役社長の山口浩司氏。同氏がこの業界に身を転じたのは2009年のことである。大学生時代から大手外食チェーンに勤務し、九州・中国エリアを統括する営業部長にまで昇り詰めたが、「40歳で年収1000万円」「持ち家を構える」という若いころに描いた夢を叶えたことでモチベーションを失い、新しい世界に飛び込みたくなったのだという。
福岡の人材バンクに「管理職希望」で登録したところ、病院や高齢者施設への給食受託企業に採用され、入社3ヶ月後には大規模病院の厨房で働く20数名のスタッフを統括する支配人(現場責任者)となった。
「そこで痛感したのは、限られた人数のスタッフで大量の食事を用意するため、調理や配膳が”作業”と化してしまっていることでした」。

作業手順も不徹底だったため、お粥を出すべき患者さんに、普通のご飯を配膳するという、単純なだが重大なミスもしばしば発生した。また、会社である以上利益を追及するのは当然だが、それがトップダウンで命じられると現場は安直な経費削減策に走り、天候不順で野菜価格が高騰すると食材の質を下げることで、対応しようとした。執行役員に登用されたが、いわば給食受託業界に幻滅するかたちで、山口氏は6年間務めたその会社を15年位退社することになる。「別の会社への就職が内定した頃でしたが、知人に『福岡市スタートアップカフェ』の存在を教えられ、興味本位で訪ねたことが、自ら給食受託事業を興するきっかけになりました」と山口氏は振り返る。


価格競争を避けながらサービスの質を維持

 

スタートアップカフェの面談で前職の内容をこと細かに聞かれた山口氏は、それまで携わった給食受託事業の問題点を思い出すままに挙げた。すると相談員から、それなら自身で会社を設立して業界を良い方向へ導いてはどうかと言われたのである。「それまでは起業など考えたこともありませんでしたが、その言葉に火を点けられました」。
起業にあたり、山口氏には心強い仲間がいた。前職を辞す際、業界に対して同じ問題意識を持つ3人の調理師と1人の管理栄養士が「将来山口さんが事業を興するようならついていきたい」と言ってくれたのである。経験豊富なその人たちを現場に派遣すれば給食受託事業の人材難解消に貢献できるし、利用者本位で仕事をするその姿勢は、周囲のスタッフに好影響をもたらすはずだ。外食チェーン勤務時代の実績を知る食品会社から、フードコート事業のサポートを請いたいという声がかかっていたことも、山口氏が起業を後押しする要因となった。
「早速事業計画を策定してスタートアップカフェに持ち込むと、相談に応じてくれた司法書士、行政書士、弁護士は皆、それはきっとうまくいくだろうと評価してくれました」。
資本金30万円でスリーマウスを設立したのは、スタートアップカフェを訪れた翌月。「よくそんなパワーがあったなと今では思う」と山口氏自身が言うほどのスピード創業である。
同社は栄養士と調理師の派遣を始め、やがて病院から給食業務を受託。現在では3つの病院と2つの特別養護老人ホームの給食事業に加え、フードコートの運営も担っている。
会社設立前に立てた見込みはネンショウ6600万円だったが、1期目の売り上げはそれを大きく上回る1億円強。2期目は2億4500万円と倍増し、17年7月からの3期目は契約先が現状のままでも3億2000万円の売上が見込まれるという。
この業績拡大を支えているのは、業界の慢性的な人材不足だけではない。山口氏は、「この仕事の目的は利潤追求ではなく、食事を通して利用者に食べる楽しみと元気を提供すること」という考え方を社内に浸透させている。その姿勢こそが、クライアントや個々の利用者の熱い支持を勝ち得ているのだ。
”飲む”、”噛む”、”味わう”の三つの「口」をサポートしたいという思いが込められたスリーマウスの社名は、同社の経営理念を
そのまま表したものである。
競合他社との価格競争に加わらないのも、同社の重要な戦略の一つだ。十分な管理費や食材費を支払ってくれるクライアントの委託しか請け負わないため、食材調達費が高騰してもコストダウンすることなく、サービスの質を担保することができているのである。「ホスピスの患者さんにとっては、それが最期の食事になるかもしれない」 従業員は常にそうした意識を抱き、「自分の家族に提供する気持ち」で一食一食の調理や配膳に真心を込めているのだと山口氏は語る。


人材不足克服に向け新規事業も模索

長期的な視点で従業員のステップアップを促進しようとしている山口氏は、社員教育にも力を注いでいる。「社員の大半は栄養士や調理師ですが、専門分野以外の知識・スキルも高めてもらいたいと思っています。例えば調理師には、怪我をして包丁を握れなくなれば仕事を失うリスクがありますが、商品開発力や顧客対応力を身につけていれば、専門分野以外でも力を発揮できます。同様に、栄養士が営業力や経理・総務・人事などの知識を身につけることも有用でしょう」。
そのため同社は、一般企業向けの外部研修を導入し、多様な知識とマネジメント能力を吸収できるようにしている。栄養士や調理師でも、本人の希望があれば社内の他部門で働ける柔軟性を持っているのも特長だ。
17年8月には新規の給食受託業務がスタートするが、現場で働くパートタイマーの募集に難渋しているそうだ。
「自社内のスタッフによる応援でカバーするしかありませんが、生産年齢人口の減少に伴い、今後は人材確保がさらに難しくなっていくはずです」。
山口氏はそのような状況に対応するべく、食品加工会社などと協力して冷凍の完全調理品を製造・流通させる新事業を興そうとしている。「味気のないものではなく、患者様やご利用者様にご満足いただける調理品を開発中です。食事全体ではなく、一部の副菜を完全調理品にするだけでも現場の負担が軽減されるはずです」。
スリーマウスのこうした試みは、自社の人出不足を補うだけではなく、給食事業全体に新たなビジネスモデルをもたらすことになるかもしれない。